Vol. 051
法曹界の三“感”王が実践する
“1センチの背伸び”という生存戦略
森・濱田松本法律事務所 弁護士
松井 秀樹Hideki Matsui
2024年1月26日
日本の法曹界において、いわゆる五大法律事務所の一つとして名を馳せる森・濱田松本法律事務所。海外拠点を含め、700名超の弁護士が所属する巨大な組織のマネジメントも経験し、サンフロンティアの上場前から顧問弁護士としても辣腕を振るうのが松井秀樹氏だ。手掛ける領域は企業の株主総会やM&A、争訟やコーポレート・ガバナンスをはじめ、金融関連規制への対応、不祥事対応などの危機管理に及び、広く深い。
およそ30年以上、クオリティの高いリーガル・サービスを提供してきた松井氏は、どのような思いで法曹界の第一線を走り続けてきたのか。その仕事ぶりの根底にある哲学と、変容する社会への眼差しに迫った。
「東京で育った人間には負けたくない」 佐渡から東大、そして法曹界へ
1964年、東京オリンピックが開催された年に新潟県佐渡で生まれた松井氏。高度経済成長の真っ只中にあった時代に、島の自然に囲まれた兼業農家の家庭に育った。大人として社会に出る前から、松井氏は辛く厳しい労働の現実を目の当たりにし、なおかつ身をもって実感していた。
「田植えや稲刈りを一家総出でやるわけですよ。泥の中に入って、文字通り泥臭い作業をする。農業のいちばん大変なのは自然との闘いだということです。どんなに人間が頑張っても、気候のめぐりが悪ければ収穫できない。一生懸命努力しても、自然と闘って負けたら、良い作物がとれないのです。また、父は建設会社で道路の舗装の仕事もやっていまして、雨が降っていても雪が降っていても屋外で作業があるような仕事を傍で見ていて、仕事って本当に辛いものだと思っていました」
進学するなら東京大学と心に定めていた松井氏。東大法学部を出て官僚になり、国の立場から生まれ育った故郷に貢献し、錦を飾るんだという気持ちで入学した。実際に東京に出てみると沢山のスマートな仕事にあふれているし、経済的豊かさは確かにあった。だからこそ余計に、奮い立つ気持ちが高まった。
「自分は島で育ってきた人間でしたが、同級生の多くは都会や地方都市の進学校から上がってきた人たち。生きてきた道程が全然違うという思いが根っこにあったので、都会で育った人には絶対負けまいという気持ちがどこかにありました。かつて、「裏日本」と呼ばれていた日本海側の離島出身者のコンプレックスの裏返しかもしれませんし、田舎出身者の意地だったのかもしれません(笑)」
一方で、大学の同級生たちと時間を過ごすうちに、官僚型のヒエラルキーは自分の気性に合わないことに気づいた。年功序列で目上の人への気遣いが求められる官僚社会で長く下積みを辛抱するのは、人一倍負けん気が強い自分には無理だ。そう思うと別の道が浮かんできた。自分の城を持つことができる弁護士の仕事は官僚の世界とは対極に見えた。
感謝される仕事から感動を呼び、そして感激される仕事へ。仕事の三“感”王を追求する
1990年、森・濱田松本法律事務所の前身、森綜合法律事務所に入所。当時は時代背景も相まって「24時間365日」働くような環境だったが、松井氏にとって、弁護士の仕事はやり甲斐にあふれ楽しいものだった。
「“楽”ではないけど“楽”しい。弁護士としての誇りをもって仕事をすることで、人間関係が広がってお客様のリピートにつながっていった。さらに、毎日のように未知の仕事や人に出会うことができ、それが非常に楽しいから今日に至るまで長く続けてこれたのだと思います。」
自身のポリシーとして、信頼できるお客様から紹介された案件は、その大小や内容にかかわらず断らない。中小企業の案件も個人の方の案件も。まずは引き受けるために、会ってみる。会わずに断れば、出会いのチャンスがなくなる。まずは会ってみて、自分ではお役にたてないと思える場合は、辞退すればいいというのが松井氏の考えだ。
「私の仕事にご満足いただければ、他のお客様に私を紹介することはそのお客様の自慢にもしていただける。例えば顧問先で法務の窓口だった人が、別の会社の法務に転職しても、私に連絡をくれ、その会社がお客様になることがある。これは、弁護士にとって最大の勲章であり、理想形。だから、名刺を持って自分を売り込むようなことはせず、営業は自分の仕事を知っている人に委ねる。自分は目の前の人を大切にし、自分のファンを増やすことが営業活動そのものだと思ってやってきました。」
お客様がお客様を呼ぶ。理想の循環を生み出せるのは、プロフェッショナルとして、松井氏が常に高いクオリティの仕事を提供することを目指しているからだろう。松井氏には仕事の質を最大限に高めるための信条がある。
「仕事の三“感”王を常に目指すこと。野球の三冠王は首位打者、本塁打王、打点王の3つですが、私の場合の三カンは、感謝、感動、感激。依頼された役務を全うし「感謝」していただく、しかしそれだけでは普通の仕事ぶりです。納期を例に挙げれば、ぎりぎり間に合わせるのでは、お客様にとっては当たり前のことなので、たとえば納期が1週間後だったら、できれば翌日遅くとも3日後には提出する。もちろん、クオリティの面でも期待以上のものを出す。そうして初めてお客様の「感動」が得られる。いろいろな企業人が言っていますが、顧客の期待値を超える、これが最低限目指すべきところです。さらに上のレベルにあるのが感激。「感激」とは、感動で高ぶる気持ちが表に出るぐらい激しいもの。仕事に置き換えると、お客様が全く想定していなかったアイデアや結果を提供するレベル。『なんでこんなことができちゃうの?』と思われるほどの回答や結果を目指して仕事する。もちろん、サンフロンティアさんからの仕事を含めて全ての仕事でこんなことができているわけではありませんが(笑)、目標として、三感王を常に意識しています。気を抜けば、感謝のレベルあるいはそれ以下の仕事になりがちで、そうなったときは、お客様は離れていくことも経験し、反省にもなっています。」
お客様の感謝ではなく、感動と感激を目指して仕事をするから、次の仕事が生まれる。「全ての仕事でできるわけじゃない」と言いつつ、高水準で目標を満たしてきたことは松井氏の実績が物語っている。依頼に対する責任の重い法曹界で、松井氏はどのようにしてお客様の感激を引き出そうとしているのだろうか。
「法律の仕事は、人との闘い。法律は人間が作ったもので、起こりうるすべての事態をカバーしきれていない部分もあって、解釈の余地がある。その解釈をするのも最後は裁判官という人です。その部分で依頼者が求めるアイデアを出すことができれば、無理だと思えていたことでも、壁を乗り越えられることがあります。裁判では、俗に勝ち筋と負け筋という言い方がありますが、負け筋の事件でも、あきらめず、過去の判例やその事件での細かい事実関係を引っ張り出して、工夫ができないか考える。企業が何か新しいことをやりたいという相談に、普通に法律を適用しようとするとうまくいかないけど、“こういうやり方であれば、法には触れない”というアドバイスもできないか考える。弁護士という職業は、実にクリエイティブな仕事なのです」
法律の世界は本人の努力次第で、お客様の困りごとを解決できるクリエイティブな仕事――。どれほど力を尽くしても自然との闘いには勝てない農業の厳しさを見て育った松井氏だからこそ、確信を持つことができる弁護士としての矜持なのだろう。
若者世代にもっと政治参加の機会を。日本再生のために思うこと
目の前の仕事に対して常に期待以上のクオリティで応えようとしてきた松井氏。お客様を相手に感激の輪を広げてきた一方で、松井氏がマクロな視点で見る日本の未来は決して明るくない。
「少子高齢化への対策が叫ばれています。しかし、今の人口減少は、少なくとも30~40年前には既に予期できた問題でした。この間を、日本は対策を打てずに過ごしてしまった。地域の問題もそうです。過疎化はどんどん進行していく。問題がかなり深刻化し、ほとんど手遅れとも言えるような今になって地方創生が叫ばれているのは、我々の世代の怠慢の結果でしょう」
国の将来像について「よくなる」という前向きな回答は10%に満たないという調査結果も出ている。閉塞感のある現状の中で、将来への希望をもつ若者は多くない。日本をよくするため、将来世代のために政治のあり方を変えるべきだと松井氏は主張する。
「例えば、被選挙権を18歳まで下げる。日本の被選挙権は、都道府県知事と参議院議員が30歳で、他は25歳。政治に携わるためには25歳以上の知識や経験が必要だという考えから設定されているのでしょう。一方で選挙権は18歳まで下げているわけで、18歳には少なくとも政治の代表を選ぶだけの能力があるという前提がある。だから、選ばれる側の議員になるのも若い世代に機会を開放すべきなのです。もし実現すれば、さすがに小選挙区の選挙は無理でも、市区町村議会のような住民に身近な大選挙区では当選する10代の若者も出てきますよ。そうすれば、投票する側の若者の意識も変わるでしょう。そしてなによりも、これは憲法を改正するようなハードルはなく、公職選挙法の改正でできるということです。」
現に、若者世代からもそのような声が上がりつつあると松井氏は指摘する。2023年4月の地方統一選において、年齢を理由に立候補届を受理されなかった若者たちが国を相手に訴訟を起こしている。被選挙権について年齢を規定している公職選挙法10条は立候補する権利を侵害しており、憲法違反であるというのが若者たちの主張だ。将来世代の問題を語るのに、当事者である若者が政治の場にいないことについて、国家はそのあり方を問われている。
「SDGsもESGも中長期的な達成目標を掲げているけど、たとえば、2050年にカーボンニュートラルといっても、その時にこの世にいない人間にとっては、「自分事」ではなく「他人事」なんですよ。高齢の政治家がどこまで本気になれるのか。政策目標が花開く頃に、実際に当事者としてその果実を享受できるような世代をもっと政治に参加させるべきです。かつて、日米安保の頃、大規模デモに参加した大学生の若者のエネルギーと熱意を、より民主的な枠組みで活かしていくことが閉塞感を打破する処方箋です。」
応援する気持ちで投資するから面白いのでは?投資家と企業のこれから
日本が抱える課題は社会保障制度にも表出している。いわゆる「2,000万円問題」を端緒としてクローズアップされた老後の生計に関する議論。現在では「貯蓄から投資へ」のスローガンに象徴されるように、生活者は自らの安定した暮らしを築くために、国や制度に頼らない、主体的な行動を迫られている。
「日本では国民一人一人が、将来の生活資金のために、貯蓄だけではなく投資を検討しなければいけない局面に立たされています。ただ、単に蓄えを預金から投資に移すだけだと、それ以上の意味はありません。株を買うということは会社のオーナーになるということですから、その会社の存在や経営のやり方に共感して応援する気持ちで投資する方が面白いと思うのです。個人投資家がそういう姿勢で企業活動を見れば、企業の方にもいい意味での緊張感が出てきます。企業は、社会全体を良くする存在であるべき。そうした本質的な価値に立ち返る好機とも言えると思います。沢山の上場会社の仕事をしている私の事務所では、インサイダー取引防止の観点から、個別銘柄の株式投資は禁止されていますが、この事務所を卒業したら、そうした投資をしてみたいと思っています。」
一般にはNISAやインデックス投資が人気ではあるが、企業の経営姿勢を見極め、個別銘柄に資産を投じるのも一計だという松井氏。これからは個人の市場参加が顕著になり、企業側も厳しい目で見られる時代へと変化していく。生活者と企業の幸福な関係はどのように築き上げられるだろうか。
「ESG投資など、企業の社会における立ち位置に着目して立ち上げられた投資信託ファンドがすでに出てきていますが、真に社会的に意義のある活動に従事する企業を長期的に支えていくファンドがもっと出てくればいい。個人投資家にとっても企業姿勢に賛同してお金を出すというあり方には、夢がある。サンフロンティアさんの株主総会に、事務局として毎年出席していますが、この会社は、ファンである個人株主が本当に多く、アットホームな雰囲気で、私もいつもワクワクします。」
昨日よりも今日、1センチ背伸びする。人生が切り拓かれるプロの姿勢
先行きの見えない時代。個人は、どのようにしてこの時代を生き抜いていけばよいのか。松井氏の日常に、そのヒントがある。
「“1センチの背伸び”ということを心がけています。身長を測るとき、背筋を少し伸ばせば1センチは伸びます。つまり無理をしなくとも、気持ちの持ち方次第でちょっとした成長はできるということ。同じように、仕事でもプライベートでも、昨日より今日、少し背伸びする。例えば今までやってなかった新しいことを1つでいいからやってみるとか、そういうことです。さすがに毎日背伸びし続けたらキリンになってしまうから、先月より今月、去年より今年でもいいし、尺度は個々人が決めればいい。とにかく過去よりも少し背伸びしてみる。まったく新しいことでなくてもいい。たとえば、参加したことがない勉強会や飲み会に出てみる、職場で声をかけたことがない同僚や後輩に声をかけてみる、新しいスポーツなどを始めてみる、未知の分野の新刊を読んでみる、お世話になった人に贈り物をしてみる、興味を持ったテーマの論文を書いてみるなど、本当になんでもいい。ちょっとした背伸びなら無理なくチャレンジできる。継続的に自分が成長するコツでもあります」
今の自分よりも、少しだけ目線をあげる。お客様の感激を生むほどの仕事は、長くコツコツと積み上げた“背伸び”の賜物でもあるのだろう。その成長の先に何を見据えているのか。松井氏にとって未来は切り拓くものではなく、“切り拓かれる”ものだという。
「今の私にとって、未来とは切り拓くより切り拓かれるものです。三感王を目標にしつつ、“1センチの背伸び”を心がける。この2つを肝に銘じて自分の人生を歩んでいると、自然と新しい出会いに導かれていく。三感王と“1センチの背伸び”という浮き輪をつけて、あとは川の流れに身を委ねる。もっと若い頃は、具体的な目標を掲げて頑張らなければと悪戦苦闘していたけど、今はそういう考えです。人生は「縁」と「運」。年齢が上がるにつれ、その比率が大きくなっていく。試験は勉強しなければ結果が出ないけど、人生は座学ばかりではないですから」
自らの行動原理に従い仕事を全うすることで縁が引き寄せられる。年齢を重ねて実感をもって語られる言葉の端々にエネルギーが感じられるのは、“1センチの背伸び”の積み重ねが為せるわざだろうか。
「気づけば60歳手前ですが、まだまだ仕事をしていきたいし、まだまだ社会の最前線で生きていきたい。後輩や、あるいは子どもや孫、身近な人たちに向けて、何かしらの価値を残せるようにこれからも取り組んでいきたいですね」
Next Frontier
FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン
“自分の生きた証として、周囲の人々に感謝しながら、次の世代に価値を残していく”
編集後記
少子高齢化や労働人口の減少といった社会課題を抱える日本。平成後期から掲げられている「社会保障と税の一体改革」に代表されるように、子育て世代への支援充実などさまざまな対策が図られてはいるものの、解決の糸口はまだまだ見えていないようです。個人は社会や国家の一員ゆえ、個人の力ではどうにもならない領域が存在するのも事実です。だからと言って愚痴をこぼしていても改善にはならない。まずは行動してみること、声を上げること。その大切さを、松井氏が生きてきた軌跡と、彼の一言一言から感じ取ることができました。とはいえ、新しいことにチャレンジしても、成果を実感できないと道半ばで心が折れてしまいそうになるもの。そんな時、松井氏が実践する“1センチの背伸び”は、誰でも今日から成し得る金言として現代人への道標となりそうです。
そして、真に意義のある活動に従事する企業を支えていく投資には“夢がある”と話す彼の言葉に私たちの会社もそうあり続けたい、そうすることで長きにわたって応援してくださる方々の期待にお応えしていきたい。“世界一愛されるビジョナリーカンパニー”を目指して。 sustainability_report_2023.pdf (sunfrt.co.jp)
いかがでしたでしょうか。 今回の記事から感じられたこと、FRONTIER JOURNEYへのご感想など、皆さまの声をお聞かせください。 ご意見、ご要望はこちらfrontier-journey@sunfrt.co.jpまで。
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佐渡島で幼少期を過ごされた松井弁護士の人生への生き方に大変すばらしいと感ずるとともに、強い意欲を感じました。このような方に難しい案件の解決をお願いできれば、必ずや納得できる道が開かれると思います。
コメントをお送りいただきありがとうございます。
取材中の松井氏は、発される一つ一つの言葉の重みとは別に始終にこやかにお話いただきました。
しかし話題が日本の未来や若者に移ると、これから起きる未来に対する松井氏の想いと熱量が直球で伝わってきました。
「必ずや納得できる道が開かれる」というコメントをありがたく頂戴し、これからも深く広く掘り下げた取材を続けていく励みにさせていただきます。
感謝を込めて・・・
FRONTIER JOURNEY 編集室