FRONTIER JOURNEYとは

FRONTIER JOURNEYでは、様々な領域で活躍する「人」に焦点を当て、
仕事への想いや人生哲学を深くお聞きし、私たちが大切にしている「利他の心」や新しい領域にチャレンジし続ける「フロンティア精神」についてお伝えしています。
人々の多彩な物語をお楽しみください。

Vol. 046

スタートアップ黎明期のニッポンを盛り上げ
「日本をスタートアップしやすい国へ」という夢に挑むフロントランナー

株式会社StartPass 代表取締役
小原 聖誉Masashige Obara

2023年11月10日

日本は現在、第四次ベンチャーブームを迎えている。2013年ごろから、資金調達額、企業数ともに右肩上がりだ。一方で、企業価値評価額が高い未上場ベンチャー企業、いわゆるユニコーン企業の数は、米国、中国、インドに大きく水をあけられている。一時の流行ではなく、世界で戦えるスタートアップが生まれるか否か、日本はこれから正念場を迎えることになるだろう。
「START-UP FRONTIER TOKYO」は、「東京を世界一スタートアップしやすい都市」とするべく、サンフロンティアが旗振り役となってベンチャーキャピタルや支援企業と連携し、スタートアップ企業の支援を行うプロジェクトだ。そのキックオフイベントとして、これからの日本の成長を牽引していくスタートアップ企業を対象に、ピッチコンテスト「FRONTIER PITCH TOKYO for Startups 2023」が開催された。
審査員を務めた小原聖誉氏は、スタートアップ向け経営クラウドサービスなどを展開する株式会社StartPassの代表取締役CEO。2013年に株式会社AppBroadCastを創業した自らの経験を活かし、産声をあげたばかりの企業への投資を行うなど、キャリアの始まりから現在までスタートアップの現場に深く関わってきた。新興ビジネスの前線に立ち続ける彼に、日本におけるスタートアップの意義や、見据える未来を聞いた。(A YOTSUYAにて)

からの自立が動機となり、お金を生む術を見出した高校時代

スタートアップ市場を盛り上げる立役者である小原聖誉氏。彼が辿ってきた軌跡には常に起業が核にあり、優れた起業家精神が表出する。その原体験には、父親の厳しい教育方針があった。

「父は鹿児島県出身の警察官で、スパルタかつ寡黙な人でした。小学生の頃は毎日5kmを走らされ、早朝から叩き起こされて地方の親子マラソン大会へ遠征することもありました。走りに行かないと叱られる。もしかしたら陸上選手に育てたかったのかもしれませんが、寡黙なので言葉にしてくれない。今になれば自分が好きなことを子どもにも楽しんでもらいたいという父の気持ちを理解できますが、当時は楽しいわけがなく本当に辛かった。そんな父に依存したくないという一心で、困ることがあっても絶対助けは借りないぞという気持ちが募っていきました笑」

厳しい教育方針は小原氏のお小遣い事情にも及び、自由に使えるお金はごくわずか。父親からの自立を求め、高校生となった小原氏は自ら収入を得るため商売を始める。

「早朝の代々木公園に行くと、行商の人たちがフリーマーケットで洋服や靴を売りに来ていました。そこで数千円で買ったものをその日のうちに数万円で売る。行商の人が持ち込む商品は玉石混交で、価格の低いものの中に、価値の高いヴィンテージが紛れこんでいることがあるんです。ファッション雑誌で知識を得ていた僕は、幸運にもそれを見抜くことができた」

自ら情報を取集し、異なる角度から価値を発見する体験は、小原氏の持つビジネスや投資に必要な目利き力にも通じる。小原氏にとってこの頃の体験が、起業家の勘を養うきっかけとなった。そして自分の力で稼いだ経験は、大学進学後に起業を本格的に考え始めた彼の気持ちを後押しする。リクルートスーツで型通りに就職活動をすることに対して、小原氏は違和感を抱いていた。

「就活の目的は、当時の僕からすると学校を卒業し親から自立して、世の中に出るためのプロセスでしかない。それなら僕自身は起業した方がいいと思った。フリーマーケットでの経験がそんな自信につながっていきました」

古着売買の成功体験から「なんとなく生きる力がついたと錯覚していた」という小原氏。しかし、思い込みを思い込みのままで終わらせず、その後のキャリアは、自分でビジネスを起こす道へと突き進むことになる。

プロダクトよりも市場がモノを言うスタートアップ企業で学んだ成功の本質

独立独歩を意識していた大学時代に、小原氏が主宰していた起業サークルを通じて、ある起業家と知り合い意気投合。パソコンのカレンダーソフトを販売する会社のCOOとしてキャリアの一歩を踏み出した。仕事内容は主に出版社への営業。プロダクトをつくることに集中しがちなエンジニア気質の社長を、コミュニケーションの部分で支えた。失敗するわけにはいかない挑戦だったが、すぐに壁が立ちはだかった。無名の会社が販売する画期性に乏しいプロダクトは、営業先の興味を惹くことがなかったのだ。

「もう1年やって駄目だったら解散しよう」。そう覚悟を持って臨んだ創業2年目、チャンスが訪れた。当時普及が進んでいたフィーチャーフォン、いわゆる”ガラケー”とも呼ばれる携帯電話向けに「iアプリ」が登場し、ブラウザを介して情報に触れるスタイルから、アプリベースの消費スタイルへと変わりつつあった。当時の携帯電話市場は、年間数千万台が売れる急拡大市場。そのニーズを捉えた小原氏の会社は、携帯アプリの検索サイトに着目し開発を急いだ。すると一転、門前払いから、営業先でのウケがよくなった。

「手がけているチームは1年目と変わらないのに、”市場”そのものに着目し成長市場に身を置いたら、事業が爆発的に伸びた。自分たちが作りたいプロダクトを作るより、伸びる市場のニーズを取り込むことがすごく大切。ちょっとした考え方の違いだけで爆発する、スタートアップの面白さを体感しました」

事業が軌道に乗るのを見届けた小原氏は、一度の転職を挟んで、2013年にAppBroadCastを創業。今度は、携帯電話市場の中心が、ガラケーからスマートフォンへとシフトするタイミングだった。新しい市場ができあがりつつあるチャンスを小原氏は逃さなかった。当時はニッチだったAndroidゲーム市場向けに、メディアサービスを立ち上げたのだ。

「1社目の経験から逆算して戦略を立てました。1社目の爆発的な成功は、Yahoo!などのポータルサイトに『アプリ検索』のリンクをもらって、集客の入り口となるチャネルへ入り込んだからできたこと。だから今回もチャネルを押さえればいい。そのためには端末にあらかじめアプリが入っていればいい。では端末にプリインしてもらえる会社はどこだろうと考えていきました」

成長市場にいち早く参入する。そのために情報収集を行う。学生時代の古着売買の経験と1社目のキャリアの中で小原氏が導き出した、戦い方が確立した瞬間だった。

「仕事ができるとか、有利な条件を持っている人でないと起業ができないわけでは全くない。起業では自分がやりたいこと以上に、急伸長が約束された市場に真っ先に参入することが大切。例えば民泊のように、法改正でゲームチェンジした市場はチャンスです。ただし、法改正される前から動けるような先行者になるためには、しっかりと情報収集する必要があります。プロダクトの前に市場。ドミノを倒す順番さえ間違えなければ、起業は失敗しないのです」

2013年に立ち上げたAppBroadCastは、成長市場の後押しをうけて、その3年後にはユーザ利用数300万人に到達。通信会社にM&Aを行った後に小原氏はエンジェル投資を行っていった。

打席”に立ち続けるために、起業家が備えるべき誠実さ

2021年に株式会社StartPassを創業した小原氏は、スタートアップに特化した経営クラウドサービスを提供している。「日本をスタートアップしやすい国へ」をミッションに掲げ、その実現に取り組んでいるが、起業家の立場と投資家の立場双方を経験してきた小原氏だからこそ見える、成功するスタートアップ経営者の条件がある。

「社長の人間性は”経営”と切っても切り離せない。特にスタートアップにおいては、お金も時間もないわけです。リソースがない状況で経営者ができることは、事業の正当性や大義を誰かに訴えること。社員や株主、顧客に対して、事業の意義を誠実に伝えて共感してもらうしかない。新しい市場に参入できたとしても、競合は出てきます。起業を成功させるためには、ヒットを打つために打席に立ち続けることが重要です。誠実に社内外と向き合えばやがてポジティブな結果が出てくる。それが積み重なることでわらしべ長者のようになっていき、ヒットが打て、やがて一定の割合でホームランが打てる」

時代の風雲児とも称されるような起業家は、ときにその破天荒な性格で世をにぎわせる。そしてそれを「カリスマ」とみなして、ポジティブな面のみならずネガティブな面も含めて、個性として許す風潮がある。しかし、突出した能力を持っていながらネガティブな面が悪目立ちすることで、芽が出ずに終わる事業を小原氏は目の当たりにしてきた。

「ネガティブな面を周りが正せば、うまくいくケースもある。しかしもっと大切なことは、陰陽入り混じる経営者の資質からポジティブな面に光を当て、建設的な意見を言ってくれる仲間が周りにいること。それが起業家には必要なんです」

尖った強みを発揮するためには、足りない部分を補いサポートする人物が必要――。企業の成功に仲間づくりを重視する小原氏は、起業家こそ社外に適切な友人が大切だと感じており、起業家が集まるリアルイベントを開催するなど、交流の場づくりに取り組んでいる。

「良い起業家は良い場所に身を置くといわれます。最初は投資家から価値を認められない事業でも、起業家同士がお互いを認め合いながら切磋琢磨する場所に身を置けば、うまくいくことを本当によくみてきました」

起業の現場で見えたスタートアップの現在地

2022年、国内スタートアップの資金調達額は過去10年で最高値を記録。スタートアップが育つ土壌は着実に整いつつある。経営資源のうち “モノやカネ”の面でスタートアップを立ち上げるハードルが低くなっている点を、小原氏は指摘する。

「今はクラウド技術が進展し、自社でサーバーを揃える必要がありません。ノーコードツールの増加によって、低いコストで起業しやすくなってもいます。昔に比べてお金も集めやすくなった。私が初めて起業した2013年、日本市場におけるエクイティ調達の規模は800億円ぐらいでしたが、今はおおよそ1兆円。起業のハードルが低い分、事業の創業期や黎明期に、トライ&エラーを繰り返すことができる土壌があります」

スタートアップに飛び込むプレイヤーも多様化しつつある。かつてはビッグ・テックの創業者のような異才がスポットライトの中心にいた。ところが今では、誰もがスマートフォンを通じてサービスやプロダクトに触れ、起業のタネとなるようなアイディアを持てるようになった。安定したキャリアが約束された大企業出身者が起業を志すことも珍しくない。

「業界に役立つアイディアがあっても、社内では企画が通らないこともある。だったら仲間を集めて起業しようという気持ちが湧き上がってきます。周囲に起業家が増えれば、自分が起業するイメージや実感も得られやすくなるので、ますます起業家が増えていく。」

多様性が成熟するほど、人の見方によって評価は変わる。ある人から見ると価値があるものも、ある人が見ると価値がゼロという世界。市場に育ちはじめている目利きの答え合わせはこれから始まろうとしている。

「銀行などの金融機関に属さない、独立系ファンドを運用しているベンチャーキャピタリストによる投資がこの10年で台頭してきて、スタートアップエコシステム作りに貢献しています。そういったファンドの運用期限は大体10年。つまり今がちょうど、ファンドの運用結果が一巡して、その結果を踏まえたPDCAを回していくタイミングなんです。日本のスタートアップ産業はまだまだ黎明期。本当の楽しみは、これから始まるという局面です」

出る杭”にチャンスを。日本を熱気あふれるスタートアップ立国へ

「日本をスタートアップしやすい国にしたい」という思いを胸に、常に走り続けてきた小原氏。彼にとってスタートアップは、企業形態の一つであると同時にライフスタイルでもあるようだ。

「スタートアップの起業家は誰もやっていないことに取り組むので、家族や同僚、周囲から認められず、孤立することも多い。孤独なんです。でも「これがあれば、必ず業界、ひいては世の中の役に立つ」という熱意が彼らを奮い立たせ、全身全霊でゼロから事業をつくる。こういう生き方を選んだ人たちに、僕は絶対うまくいってほしい」

StartPass社は現在、起業家や投資家がカジュアルに交流できるイベント「StartupNight」を毎月A YOTSUYAで主催している。イベントの様子を話す小原氏の声色は自然と明るくなる。

「スタートアップに関わる人、起業を志す人たち同士で話すと、場の空気が100%ポジティブでめちゃくちゃ楽しいんです。この熱気は今の日本にはまだまだ少ないですが、世の中に広げて、楽しい国・ニッポンにしたいという思いで取り組んでいます」

夢中になって新しい事業に挑戦する人々は、ときに”出る杭”として扱われることもある。そういう人々のチャンスを最大化するために走り続ける小原氏には、スタートアップ文化を広げるのとは別に、もう一つの夢がある。

「将来は学校をつくりたいんです。特に、自らの意志とは関係なく、報われない環境に身を置かざるを得ない子どもたちのための。自分で環境を選べない彼らが可能性を伸ばせる機会を提供したい。誰もがチャンスをつかめるような仕組みをつくりたいですね」

子どもたちのための学校とスタートアップ。形は違えど、チャンスを掴むべき人々からチャンスそのものが失われてしまうような社会にしたくないという点では、思いがつながっている。「チャレンジスピリットに満ちた熱気ある人材を生むためには、誰でも等しく挑戦権を得ることが出来る、そんな教育の場が必要だと思うんです。私は起業家、投資家双方の目線から、日本という国を見つめてきました。その経験をもとに、もっともっとみんなにチャンスがあるような、そんなフェアな国をつくりたい」と熱弁する。
将来世代のために明るい日本をつくろうとする、小原氏の強い決意が垣間見えた。

Next Frontier

FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン

出る杭になっている人々のチャンスを最大化したい
編集後記

近年、アントレプレナーシップ(起業家精神)教育に注目が集まっています。チャレンジ精神や課題解決能力などを育む教育として欧米諸国ではいち早く推進されてきましたが、日本では浸透が進まず、社会課題の複雑化が進む現在、改めてその必要性を指摘する声が挙がっています。

アントレプレナーシップは、ビジネスに限らず「世の中の困りごとを解決し、新たな価値を生み出していく精神」であり、リスクを恐れず困難に向き合う力、レジリエンスを含むもの。これらはスタートアップ立国の実現に欠かせない要素であり、広く社会課題を解決するためのカギとなりそうです。

小原氏は、四ツ谷駅近くでサンフロンティアが運営するアートとオフィス環境を融合させたA YOTSUYAを拠点とし、スタートアップのコミュニティを形成しています。数々の起業家が広げる仲間の輪そして誰もが挑戦できる「スタートアップしやすい国」の浸透は、日本社会にアントレプレナーシップを広げるための布石となる、そんなワクワクを胸にA YOTSUYAを後にしました。

A YOTSUYAについてはこちらから:A YOTSUYA - アートで部屋を選ぶシェアオフィス (yotsuya-office.jp)

いかがでしたでしょうか。 今回の記事から感じられたこと、FRONTIER JOURNEYへのご感想など、皆さまの声をお聞かせください。 ご意見、ご要望はこちらfrontier-journey@sunfrt.co.jpまで。

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