Vol. 038
ガラスクリーニング職人日本一が語る
「突き詰める」という技術と
仲間の命を預かる覚悟
SFビルメンテナンス株式会社
菅原 英樹Hideki Sugawara
2023年7月14日
Keywords
オフィスビルの電気・給排水のメンテナンスや清掃、外壁補修などを担う、サンフロンティアグループのSFビルメンテナンス。菅原英樹は、同社においてガラスクリーニングを担当している。ビルの屋上からロープを吊り、空中で窓ガラスを清掃する姿を見たことのある人も多いだろう。高所が苦手な人にはまず不可能であり、「できる人」と「絶対にできない人」が大きく分かれる仕事だ。
菅原は、そんな命がけのガラスクリーニングを20年以上にわたり極め、“ガラスクリーニング選手権大会”で日本一に輝いたほどの高い技術を持つ。彼の佇まいには、大言壮語せず目の前のタスクに淡々と取り組む一方で、内面では改善点を常に考え続けより高い質を追い求める、美しい職人の魂があった。
何となくはじめたガラスクリーニングという仕事。技術の向上を考え続け、一人前の職人に
菅原がSFビルメンテナンスに入社し、ガラスクリーニングと出合ったのは20歳の頃。深い理由があったわけではなく、「『ビルの清掃って具体的に何をやるんだろう?』と思っていました(笑)」というほど、何も知らない状態だった。
「高校を中退後、2〜3年アルバイトをして、正社員としてSFビルメンテナンスに入社しました。何か考えがあったわけではなく、『働かないとな』くらいの気持ちでしたね。ただ、今思うと、高校を中退してしまったことで、『何か手に職をつけたい』と漠然と考えていたんだと思います」
入社直後にガラスクリーニングの班に配属されて以来、菅原は現在までその道一筋でやってきた。独特の技術が必要とされる世界で、先輩の姿を見ながら自ら工夫を重ね、メキメキと腕を上げていった。
「ガラスクリーニングは技術職ですから、上司に『こうやるんだ』と教えられても、なかなかその通りにできない。先輩のやり方を見て覚え、どうすれば自分もできるようになるのかを常に思考しながら取り組みました。自分のなかでは、1年くらい経ったとき少しずつ対応できるようになったかなと感じていました。意外と才能があったのかな(笑)」
高層ビルでガラスクリーニングを行う様子を見かけた多くの人が感じるであろう、“怖くないのだろうか?”という疑問。菅彼は率直にこう答えた。
「もともと高所が苦手というわけではないですが、20年経った現在でもはっきり言って怖いですよ。命綱をつけていますが、常に『落ちたら死ぬな』という感覚はあります。これまでで一番の高所は、48階建てビルでワイヤーで吊ったゴンドラに乗ってガラスクリーニングを担当した時です。風が強くてすごく揺れるのでほんとに怖かった。ただ普通の人と唯一異なるのは、単純な話ですが恐怖への“慣れ”だと思います。どの現場でも恐怖は感じる、でもそれを一旦脇に追いやって、仕事に集中する、そんな感じですね」
また、彼には仕事の進め方そのものにも独自の視点がある。
「“決められた手順通りにきちんと清掃する”だけでは十分ではなく、“お客さまの視点”が何よりも重要なんです。お客さまによって基準は異なります。拭きあがっていればそれでよいという方もいれば、水の筋一つ残せば納得しないお客さまもいます。どんなお客さまにも納得していただけるためには、誰がどう見ても完璧な仕事をすること、このことは常に意識していますね」
成果が可視化される世界に身を置くやり甲斐と魅力
一般にはあまり知られていないが、全国の職人が憧れる檜舞台がある。ステージ上で窓枠の付いた約1メートル四方のガラスを清掃し、スピードと正確性、美しさを競う「日本ガラスクリーニング選手権大会」だ。4年に一度、各地で予選会が開催され、成績上位者が全国大会へと進む。30年以上の歴史を持ち、国内でほとんどの同業者が出場する本格的な競技会だ。
菅原氏は2018年に開催された選手権で、全国優勝を成し遂げている。
「過去にも全国大会までは進んでいたのですが、ガラスクリーニングをはじめて17年目に優勝できました。記録は確か14秒くらいだったかな。同業者200人ほどの前で窓の清掃をするのは、技術のレベルが一目瞭然なのですごく緊張するんです。
ただ、2018年のときは経験を十分積んでいたので自信があり、平常心で取り組めたのがよかったのかなと思います。自分で言うのはちょっと恥ずかしいですが(笑)」
(編集部注:本年、コロナ禍の休止期間を経て5年ぶりに大会が開催されており、この取材の後に開かれた東京予選にて、菅原氏は首位の成績で全国大会への進出が決まったとのこと。10月の本選での活躍が期待される)
「何をするのかもわからない」ままガラスクリーニングの世界に足を踏み入れた青年は、日本一にまでなった。彼をそこまで成長させたやりがいや魅力はどんな部分にあるのだろうか。
「単純に室内よりも屋外にいるほうが好きな性格なので、気分がよいんですよね。あと、お客様に『綺麗にしてくれてありがとう』と感謝されるのは今でもすごくうれしい。清掃は実行すれば結果が見えるので、“成果が可視化される”ことも魅力かもしれません。
自分なりに考えながら黙々と取り組むような職人の世界が性に合っているのかなと思います」
現在では街中でガラスを見るとついつい汚れに目がいってしまうため、意識して気にしないようにしていると笑う菅原。プロフェッショナルとしてのこだわりが、五体に染みついているのだ。
ただひたすら“目の前の仕事を完璧にこなす”ことの難しさ
20年以上のキャリアを重ね、日本一の座にも就いた。上を向き続けるのは難しいのでは?と差し向けると、「まだまだ技術を磨く余白があるし、今は現場をまとめる責任者として、“後進への技術指導”や“チームマネジメント”もやり甲斐がある」と言い切る。
「自分の技術に関しては、今もよりよい方法を突き詰めていますが、どんな場所でもある程度は対応できるようになったと感じています。体力的には25、6がピークでしたが、技術がそのビハインドを補ってくれています。
後進の指導という面では、先ほどもお話ししたように技術職ですから“自分で考えること”をしないとなかなか上達しないんですね。ですから大まかな方法は教えますが、あとは私のやり方を見せて『なぜできないのか』『どうすればできるのか』を自分で考えるように導いています。
それよりもむしろ大切なことはマナーや気遣い。不思議なもので、それらと技術ってリンクしているんですよ。マナーがきちんとした人は仕事の質も高いですし、がさつな人は仕上がりも雑。例えば、清掃のために窓を開けたら、室内に陽が入って中ではたらく人のパソコン画面が見づらくなってしまうような場合があります。それに気づけば、開ける前にひと声かけるというような気遣いができる。後輩にはそういう面を指導しています」
菅原自身、自らの技術を高めることを重視する職人肌で、「チームプレイよりも個人プレイのほうが向いている」と自己分析をするが、彼なりのやり方でチームをまとめている姿が見えてくる。
「清掃の技術は属人的な要素が大きく、チーム全員の実力を均一化するのはかなり難しいので、いい方法がないか現在も試行錯誤しています。
そんななかで大事にしているのは、当たり前かもしれませんが“責任を持つ”ということですね。現場で何か不具合があると、その箇所を担当したのは誰かすぐに分かる。もちろん担当者にはある程度の指導をしますが、半分はチームを預かる自分の責任です。それに、ガラスクリーニングは危険度が高い仕事ですから、誰も死なせるわけにはいかない。私が彼らの命を預かっている。そういう気概で向き合っています」
そんな重圧のかかる現場を執り仕切る菅原だが、この仕事はやり甲斐があると笑顔で話す。
「責任重大ながら、毎日が楽しいですよ。ガラスが綺麗になるのも、技術を身につけるのも、チームのみんなで行うのもそれぞれ楽しみがあります。あと、プライベートで蛇を飼いはじめたこともあって(笑)、日々充実した気分で過ごしています」
最後に、技術の面で頂点を極めている菅原に、次なる目標を聞いた。
「なんですかね……大きな目標とかは思いつかないです。現場一つひとつが真剣勝負なので、目の前の仕事を完璧にこなしていくこと。それだけですね」
仕事を、“果てしない夢を追いかけること”ではなく、“目の前の課題に全力で取り組むことの連続”だと捉える。イノベーティブ(非連続的)であることが持て囃され、日々の地道な仕事が称賛されにくい時代かもしれないが、「連続性を高いレベルで保つこと」もまた、難易度が高く、一人前の人間にしかできない仕事なのだ。菅原の職人魂が、そんな思いを抱かせてくれた。
Next Frontier
FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン
“目の前の仕事を完璧にこなす。それを続けること。”
編集後記
今回登場した菅原氏は、「日本ガラスクリーニング選手権大会」の優勝者ですが、日本にはユニークな競技会がたくさんあるのをご存知ですか? 例えば、「左官技能競技大会」「警備技術品質向上競技大会」といった何となく競技がイメージできそうなものから、「物置組み立て競技会」「電話対応コンクール」など、多種多様な大会が全国で開催されています。こうした技術を競う大会で頂点に上り詰めた菅原氏から学んだこと、それは技術を極めること以上に周囲への配慮や仲間を想う心の大切さでした。取材中に見せたはにかみ屋さんな瞳から職人としてそしてリーダーとしての強い意思が伝わってきました。高層ビルでゴンドラに乗っている職人さんの姿を次に見つけたら、菅原氏と重ね合わせてみたいと思います。
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