FRONTIER JOURNEYとは

FRONTIER JOURNEYでは、様々な領域で活躍する「人」に焦点を当て、
仕事への想いや人生哲学を深くお聞きし、私たちが大切にしている「利他の心」や新しい領域にチャレンジし続ける「フロンティア精神」についてお伝えしています。
人々の多彩な物語をお楽しみください。

Vol. 033

ホテルの美しい景観は植栽から…
グリーンキーパーという職人が目論む
“冬の沖縄”の新しい価値

「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」グリーンキーパー
崎山 卓Takashi Sakiyama

2023年5月5日

自然豊かなリゾートホテルを訪れた際、人はどんな要素に期待を高ぶらせるだろう。ポーターの笑顔。清潔なエントランス。それらも大切だが、そこにたどり着くもっと前、敷地に入った瞬間に目に付く、色鮮やかな植物たち。彼らの“出迎え”こそがリゾートホテルを訪れる愉しみの一つではないだろうか。訪問客は、理想的なバランスで配置された草花を目にし、無意識のうちに、ありふれた日常と今だけの非日常を切り替えるに違いない。
「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」で、植栽を担当しているのが、グリーンキーパーの崎山卓だ。「もともとあまり興味がなかった」という植栽の道に進むことになった彼の半生や、卓越した技術をもつ職人としての矜恃を聞いた。

二度の大きな転機に直面し、本格的に植栽の道へと進む

崎山は、沖縄県うるま市の生まれ。若い頃の話を聞くと、沖縄人らしい“自由さ”と、地に足をつけて生きる“堅実さ”が同居した、彼独特の気質がみえてくる。

「学生時代は自分の将来像がなかなか見つけられず、卒業後は、“体を動かすのが好き”というだけの理由で、ひとまず体を使うアルバイトをしました。働きながら人生の方向性を考えようと思ったんです。いくつかのアルバイトを経験し、20代半ばにたどり着いたのが郵便配達員。沖縄市で非常勤配達員として10年間くらい仕事をしました」

30代半ばまでは植栽とは無縁の人生を歩んできた崎山。この時期に人生の大きな曲がり角に遭遇する。当時、政府が郵政民営化を推進している時期であり、郵便局内のさまざまな問題が取り沙汰されていたのだ。自らの仕事への取り組みとはあまり関係なく、社会に翻弄される経験をした彼は、「手に職をつけたい」と思うようになったという。

「郵便局に本採用される道もあったので悩みましたが、やはり自分の手でできる仕事をしたいと思ったんです。結果、退職し、職業訓練校の造園課で1年間訓練しました。なぜ造園課かというと、植物が特別好きだったわけではないのですが、育ての親である祖母が植物好きで、実家にたくさんの草花があって見慣れていた、そのくらいの理由です(笑)」

職業訓練校を卒業後、植栽の世界に足を踏み入れた崎山は、スーパーなどの植栽管理を担当。しかし、もともと植物がそこまで好きではなかったせいか、本気で取り組む気持ちにあまりなれずにいたという。しかし、ここで再び、仕事への姿勢を大きく変える出来事があった。

「祖母が亡くなって実家を相続したんですね。もちろん植物も一緒に。ただ、自分が未熟だったせいでうまく管理できず、たくさんの植物を駄目にしてしまった。それがすごくショックで。そこから本気でやらなきゃいけないと思うようになりました」

気持ちのスイッチが入った彼は、植物園やホテルなどに勤務し、本格的に植栽に取り組んだ。肥料の選び方や入れ方、剪定や芝刈りの方法など、一人前の職人になるべく技術を磨いていったという。その後も数年間、さまざまな現場を経験し、2021年に『HIYORIオーシャンリゾート沖縄』で勤務することになった。

卓越した植栽の技術で「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」の景観を守る

崎山は、植栽部門のリーダーとして同ホテルに迎え入れられた。当時を振り返り、総支配人の石栄良二(Vol.20に登場)はこう話す。

「彼は、入社前にはホテルのほかの仕事にも興味があったみたいですが、少し話を聞くと、やはり植栽の知識が抜きん出ていて。ぜひこれまでのキャリアを生かしてほしいと思い、私が『植栽部門のリーダーになってくれないか?』とお願いしたんです。
結果、大正解。彼が来る前と来たあとでは景色がガラっと変わった」(石栄氏)

技術が凝縮された崎山の仕事ぶりに、総支配人も太鼓判を押す。実際、入社してすぐに敷地内の芝生に改善点を見つけて対応し、以前よりもきれいに見えるようになったという。

「芝生をよく見せるには刈り方にコツがある。芝と縁石の境界の下部がポイントなんです。スタッフに刈り方を共有して少しずつ改善していきました。芝刈りや植物の刈り込みなどは単純な作業にみえますが、夏は成長が早くて冬は遅いので、きれいに見せるには生育具合や気候に敏感になる必要がある。また、植栽で意外と重要なのが寒い時期の施肥です。植物は寒くなると冬眠のような状態になるのですが、翌年暖かくなった時期にきちんと生育させるには、冬に与える肥料がとても大事なんです。植物ごとに肥料の種類やあたえ方を変えながら施肥しています。
ホテルの植栽は、1年を通じて植物のきれいな姿をキープしなければなりませんから、植物の種類や状態に合わせて、適宜の刈込み剪定や病害虫対策、水やりも欠かせません」

さらに、「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」は海沿いに立地しているため、大雨や台風などの水害や暴風に対する準備は欠かせない。こうした災害対策も彼の仕事だ。

「私が来てからは幸い大きな災害はありませんが、それでも椰子の葉をロープで閉じたり、暴風ネットを被せたりするなどの対策は頻繁にあります。それと、これは建物の構造とも関係するのですが、このホテルには風の通り道があるんです。そのあたりに配置された植物は、重点的に対策をしていますね」

崎山は植栽部門のリーダーとして、ほかのメンバーのマネジメントやホテル全体の植栽をより美しく、機能的に計画・運営していくことも求められる。

「グリーンキーパーは私以外に3名いますが、植栽部門は本当にチーム力で成り立っていると感じています。といっても、みなさん僕より年上で一生懸命やってくれますので、マネジメントというほどのことはしていません。リーダーとしての責任はもちろんありますが、なんでも相談し合えるフラットな関係を目指しています。
ホテル全体の植栽に関しては、現在は総支配人から指示を受けてそれをチームで実現していくことが多いのですが、今後は現場目線の提案を増やしていきたいですね。個人的には、ホテル北東の芝地が少し寂しいかなと思うので、例えばベンチなどを置いてゆったりと植物鑑賞をしながら休めるスペースにしたらどうかと検討中です。また、花数をもう少し増やせれば、もっとお客さまの目を楽しませられるかなと思います」

これまでの経験や、培った技術を如何なく発揮している崎山。彼が「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」の景観をつくり、守っていると言っても過言ではないだろう。

植栽の職人としての成長、そして哲学

植栽に関する高い技術をもつ崎山だが、「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」に来てからも、まだまだ多くのことを学んでいる最中だという。その1つがサンフロンティアのクレドでもある“利他”につながる、お客さま視点の考え方だ。

「“お客さまの視点に立って物事を見る”ということをすごく大切にするようになりました。ある植栽に対して、『ご夕食を召し上がったあとに見たらきれいと思うだろうか』『マリンスポーツの帰りに見たら邪魔しないだろうか』『ご家族だったら』『カップルだったら』といったように、お客さまがどう感じるかを常に考えていますね。同時に、先ほども話したように“常に植物をいい状態にキープする”ということにはこだわっています。お客さまにとってこの場所にいる限られた時間に、たまたま植栽が荒れていたらすごく悲しい。特にメインのスロープ周辺などは、お客さまの印象を大きく左右すると思うので敏感になっています」

反対に、お客さまのほうから彼の手掛けた植栽について声をかけられたことがあるかを聞いてみると、少し気恥ずかしそうに教えてくれた。

「我々はお客さまにご満足いただければ十分ですし、ほとんどありませんが、年配のご婦人に『とてもきれいに管理されていますね』と言って頂いたときは本当にうれしかった」

崎山氏の哲学であり、こだわりであり、醍醐味でもあるのは、“植物と真剣に向き合うこと”だ。

「植物はものを言わないんです。水が必要なのか、肥料が足りないのか。だから最初はわからないし、それでは花は咲いてくれない。でも、毎日真剣に向き合えば、少しずつどうすればいいのか見えてくるし、丁寧に世話をすれば、花はきれいに咲いてくれる。その瞬間はこの仕事に大きなやりがいを感じますね」

植栽の技術で、“冬に色とりどりの花が咲き乱れる”
という新しい沖縄の姿をつくる

熱っぽく植栽について語ってくれた崎山だが、プライベートな趣味や生きがいの話になると、先ほどとは打って変わりのんびりとした答えが返ってくる。

「そうですね…最近はあまりできていませんが、バイクでのツーリングや、釣りなんかも好きかな。将棋も趣味の1つで、いつか沖縄県のアマチュア大会に出られたらいいなぁと思っています。沖縄人のイメージとちょっとちがうかもしれませんが、お酒は付き合い程度(笑)」

最後に、崎山の今後の目標を聞いた。

「一番は、『HIYORIオーシャンリゾート沖縄』で、もっときれいな植栽をつくりあげて、いつでも植物を最高の状態に維持できるように技術とチーム力を高めていきたい。そしてその先に、植栽の技術をいかして沖縄で社会貢献ができたらと思います。というのも、このホテルはもちろんのこと、沖縄全体の課題なのですが、夏のイメージが強過ぎるため、冬の楽しみの目玉になるようなものが少ない。ホテルで冬季のイベントなどを企画するのもいいですし、植栽部門としては寒い時期に開花する珍しい花なんかをたくさん取り入れて、夏でも冬でも“沖縄は楽しい”というイメージづくりに貢献できたらと思います。
実は、自宅で『ヒスイカズラ』という冬の終わり頃から春先にかけて咲く植物を育てているんです。まだ人に見せられる段階ではないですが、自分のなかでうまく咲かせられる方法を研究しています」

近い将来、夏は“アウトドアやマリンスポーツ”、そして冬は“色とりどりに咲き乱れる花の楽園”という新しい沖縄のイメージが広まるかもしれない。その種が今、芽を出そうとしている。

Next Frontier

FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン

植栽の技術に磨きをかける。
そして、新しい“冬の沖縄”のイメージづくりに貢献する。
編集後記

オフィスや店舗そして公共施設などでも目にする機会が多い植栽ですが、日常の風景に溶け込んでいるため、普段あまり気に掛けることのない人が多いのではないでしょうか。
実は現在、環境意識の高まりとともに、屋上緑化や、建物の壁に植物を配置する壁面緑化などを行なう例が増加し、注目を集めています。また、オフィスなどに植物があると、空気の浄化はもちろん、ストレスの軽減、そして、ある大学の実験では創造性や生産性が大幅に向上するという結果も出ており、「バイオフィリック」として積極的に取り入れる事例が増えています。
植栽には、様々な効用があり今後も様々な展開が期待されますね。そして今回の取材で崎山氏の植物への深い愛情に触れ、今後は草花を見る目が少し変わりそうです。

いかがでしたでしょうか。 今回の記事から感じられたこと、FRONTIER JOURNEYへのご感想など、皆さまの声をお聞かせください。 ご意見、ご要望はこちらfrontier-journey@sunfrt.co.jpまで。

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