Vol. 031
“料理は愛情、これに尽きる”
それが料理人の道に邁進し、
新しい料理を生み出す原動力
「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」総料理長
秋本 正幸Masayuki Akimoto
2023年4月7日
Keywords
青い海と白い砂浜が広がる自然豊かな沖縄県恩納村に建つ「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」。季節を問わず全国から観光客が訪れるリゾートホテルだ。秋本正幸は、ホテルの総料理長として、滞在客の大きな楽しみの1つである“地産食材を使った特別な料理”を提供し、訪れた人々を非日常へと誘う。
料理が好きなのはもちろんだが、それよりも“人を喜ばせたい”という気持ちで料理の道を選んだという秋本。さまざまな料理の経験を経て、現在は料理部門のトップに立ち、厨房全体のマネジメントや若手の指導も行う彼に、その半生や料理人という生き方の醍醐味、そして次なる目標について聞いた。
原風景は「美味しいね」といわれたときの喜び。迷うことなく料理人の道へ
「私にとって料理は、昔から“人を喜ばせる”手段だったんです」と語る秋本は、両親と兄、姉の5人家族の末っ子として大分県で生まれた。母親が病院食をつくる仕事をしていたとはいえ、料理に本格的に関わるような環境ではなかったという。
そんな秋本が、料理の道を志すきっかけになったのは、高校時代のある習慣。当時、秋本の家は学校から近く、仲間たちの溜まり場になっていた。学校終わりの時間帯、集まった育ち盛りの男子たちは腹ぺこの状態だったため、秋本自身が家にある食材を使い、思いつきで料理を振る舞った。現在なら、アプリなどですぐにレシピを調べられるが、当時は料理方法を調べるのは難しかったため、“食材の組み合わせ”や“調味料の分量”などを頭でシミュレーションをしながらつくっていたのだという。仲間たちから特に好評だったのが、“潰した餃子とカレーのルーを混ぜ合わせたドライカレー”というオリジナリティあふれる一品だ。
「自分で創作した料理が『これ美味しいね』といわれることが、何よりもうれしかったんです。そういうときって、みんな幸せそうな顔をしているじゃないですか。料理自体が好きだったのももちろんありますが、私はその瞬間をもっと味わいたいと思って料理人を目指しました。両親も『好きなことならがんばりなさい』といって背中を押してくれましたね」
こうして、高校を卒業した秋本は福岡の料理専門学校に入学。しかし、学生生活の中心だったのは学校の授業ではなく、西中洲にあった欧風料理屋でのアルバイトだった。店では、皿洗いからはじまり、皮むきや揚げものといった下ごしらえなどを担当し、料理のイロハを学んでいった。「個人的には、学校の実習よりもアルバイトのほうが実践的で学ぶことも多かった気がしますね」と秋本は振り返る。
料理の道を追求したいと考えた秋本は、そのまま福岡に立地する「ホテル海の中道」に就職。秋本は、憧れの場所で念願だった料理人としてのキャリアをスタートさせた。しかし、そこで待ち受けていたのは、朝一番に調理場に行き、一番最後に帰宅するという過酷な修行の日々。料理人の世界には上下関係がとても厳しい伝統があり、例えば、新人は料理長などの幹部と口をきくような場面はほとんどなかったという。
「料理長は絶対的な存在。料理長が『カラスは白い』といえば『カラスは白』というような世界です(笑)。納得できないことや理不尽なことをいわれて悔しい思いをしたことも少なくありませんでしたが、辞めようとは思いませんでした。私は根が単純なので、料理長に少し声をかけられただけでうれしかったですし、苦しさよりも楽しさのほうが勝っていましたね」
予想もしなかった料理長への抜擢。大きなやりがいを感じ、沖縄へ
その後、幾つかのホテルを渡り歩きながら、それぞれのレストランやバンケットで技を磨いてきた秋本。このキャリアの変遷の中で、彼はフレンチにはじまり、和食、洋食、中華、イタリアン、鉄板焼き、婚礼料理などさまざまなジャンルを担当。シェフとしての幅を広げてきた。そしてさらなる高みを目指して転職を考えていたところ、2022年9月に「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」での採用が決まった。なんと、就いたポジションは料理長。落ち着いた人柄と豊富な経験が評価されての抜擢だったというが、秋本にとっては、寝耳に水だったという。
「弊社には30代の若い料理長が多いので、50過ぎの私は一般スタッフとして採用されたのだと思っていましたが、前任の料理長の代わりと聞いて驚きましたね。沖縄は縁もゆかりもなく、プレッシャーもありましたが、ここは部屋数もお客さまも多いのでやりがいがあります。すぐに『よしやってやるぞ』という気持ちになりました」
一般的に、料理長はスタッフの人事管理から調理体制の整備、予算管理など、どちらかといえば管理職の役割が求められることも多い。しかし、秋本は、現在でもプレイヤーとして自ら厨房で腕を振るう。というのもスタッフが18名と、オペレーションを工夫することで過不足のない運営はできるが、ホテルの規模を考えると圧倒的に人数が少ないのだ。
また、秋本の子どもよりも若いスタッフがほとんどであり、料理長としてレストランをより魅力的な空間にしていくには、「歳の離れたスタッフと距離を縮めることが第一」と考え、厨房に立つことで、何気ない日常会話の機会を増やしているのだという。
「私が修行した時代の料理長とは真逆のスタンス(笑)。スタッフの人となりを理解するため、仕事の話だけではなく沖縄のおいしいお店の話などもしながら、歳は離れていますが、できる限りフラットな関係性をつくっていきたいと思っています」
若いスタッフとコミュニケーションをするうえで役に立っているのが、“有名店の料理を再現する”という一流の料理人らしい遊び。過去には湘南にある「珊瑚礁」という名店のカレーを成分表から再現し、スタッフの好評を集めたという。食材や調味料のバランスを考えながら料理をした高校時代の経験が、組織のトップになった現在、コミュニケーション構築に生かされているのだ。
「料理人の世界で、若いスタッフには私のような理不尽な想いはして欲しくない。ですから、自らの仕事に納得できるように指導をするときは『ちがうよ、こうしろ』と漠然と押しつけるのではなく、『なぜ、そうなるんだろう?』とあえて疑問をもたせることを意識しています。指導されたことをただやるだけでは成長できませんからね。
個人的に、若い人は素直すぎる気がするので、もっと『どうしてだろう?』という疑問を持ってほしいですね。わからなければ、どんどん聞いてもらって構わないんですから」
料理は愛情そのもの。食べる人を喜ばせる気持ちがあれば、必ず美味しくできる
宿泊客だけではなく、長期滞在客も多い「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」では、長期滞在でも飽きない食事を提供することも料理長の使命の1つ。そのため、現在秋本が注力しているのが、“朝食の日替わりメニュー”。「一般のお客さまでも区分所有オーナーさまでも、朝食は必ず食べに来られますから、日替わりメニューが増えれば『明日はこれを食べてみよう』なんて楽しみが増えるはずです」と秋本はうれしそうに笑う。話しぶりから、料理で人を喜ばせることを何よりも楽しんでいることが伝わってくる彼にとって、料理とは“愛情そのもの”だという。
「料理をするうえでとても重要な“適切なタイミング”を見極めるには、調理過程をしっかりと見ておかないといけません。さまざまな工程を併行してこなしていると、つい目が離れてしまいますが、『美味しい料理で喜んでもらいたい』と集中していれば、必ずその瞬間に目がいくんですね。気持ちを入れて美味しくなれと念じれば、料理はそれに応えてくれる。ですから、私にとって料理とは愛情そのものです」
沖縄に来て半年が経ち、新天地での生活にも少しずつ慣れてきた。休日はバイクに乗って沖縄の観光地を巡る。18歳の頃からバイクに乗っているという筋金入りのライダーである秋本は、青い空の下を気の向くままに駆ければリフレッシュでき、充実した仕事にもつながっているという。
実は、秋本の3人の息子のうち、長男は料理人であり、あとの2人の息子も料理好きで、知人に手づくりケーキを振る舞うこともあるという。「料理で人を喜ばせたい」という秋本のDNAは脈々と受け継がれている。
「まずは料理長として、若い人と協力しながらさらに魅力的なレストランをつくっていきたいですが、ゆくゆくは喫茶店をやってみたいですね。『料理を食べに行こう』というような料理が主役のお店ではなく、『マスターと話に行こう』といわれるような地元の人たちから好かれるお店。そして、できればその店を息子と一緒にやりたい。経営などは息子に任せて、『俺を雇え』と(笑)。老若男女いろんなお客さまに来ていただき、みんなが笑顔になれるようなお店ができたら最高に楽しいでしょうね」
秋本が生み出す繊細な料理の向こうには、お客さまの笑顔が見える。今日も明日も、秋本が料理人である限り、いつまでも多くの人を楽しませているにちがいない。
Next Frontier
FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン
“いつかやりたいのは、訪れる人みんなを笑顔にする喫茶店。
息子と一緒に。”
編集後記
料理には「つくった人の心があらわれる」といいますが、「HIYORIオーシャンリゾート沖縄」で味わうことができる沖縄の食材をふんだんに使った繊細な料理には、高校の同級生のために作った料理を食べている時の幸せの笑顔と重なるような「お客さまの笑顔のために」という秋本氏の心が凝縮されています。観光やレジャーの多い沖縄ですが、HIYORIオーシャンへ料理を目的に訪れる人が多いというのも納得できます。そしていつの日か、秋本親子がつくる「笑顔あふれる喫茶店」にぜひ訪れてみたいものです。
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