FRONTIER JOURNEYとは

FRONTIER JOURNEYでは、様々な領域で活躍する「人」に焦点を当て、
仕事への想いや人生哲学を深くお聞きし、私たちが大切にしている「利他の心」や新しい領域にチャレンジし続ける「フロンティア精神」についてお伝えしています。
人々の多彩な物語をお楽しみください。

Vol. 006

企業ミッションを飾りにしない。
「ペットを家族に」
一途な想いがカタチになる場所

株式会社PETOKOTO 代表
大久保 泰介Taisuke Okubo

2022年8月19日

そのオフィスに足を踏み入れると、目を奪われるのが壁面に描かれた迫力あるウォールアート。視線を釘付けにされる我々の前に現れた彼は、先鋭的なアートとの落差を楽しむかのように、柔和な笑顔で迎えてくれた。「A YOTSUYA」に集った若きアントレプレナーのひとり、ペットウェルネスカンパニー「PETOKOTO」代表の大久保泰介氏だ。

「犬猫が苦手」な男が、ペット産業の革命児となった理由

「実は僕、20代半ばごろまで犬や猫が怖かった。単に触らず嫌いだったんですが、『犬猫は怖いもの』となぜか子どもの頃に思い込んでしまって」。インタビューは、大久保氏のそんな意外な告白からスタートした。

大久保氏率いる「PETOKOTO」は、保護犬猫マッチングサイトやペットライフメディアなどを運営する、いわばペット業界のコンサルティング会社だ。掲げるミッションは“ペットを家族として愛せる世界へ”。ペット産業の課題に意欲的に切り込み続けるキャリアと、犬猫が苦手だった過去、とは。なんとも興味深いミスマッチに思える。

転換点を探ると、起業する以前、GREEに在籍していた当時のこと。ガールフレンドの家にいたトイプードルと否応なしに交流するうち、「触らず嫌い」は徐々に緩和されていき、自身も保護犬のコーギー「コルク」を迎えるまでに至る。――だけでは終わらなかった。

「付き合っていた当時、ネットでトイプードルを調べても、その特性にきちんとあった情報が全然出てこなかった。さらにいろいろ調べているうちに、犬猫の殺処分問題に行き着きました。これはペット産業そのものを変えなければいけないな、と」。不満は、やがて使命感へ。苦手だったはずのものが、気づけば人生をかけるべき対象に変わっていた。

「もともと思い込みが強かったり、頑固だったりするところがあるんですよ。例えば小学校の給食で出る食パンって“生”ですよね。それは僕の中では食パンじゃない(笑)。家で食べるときは必ずトーストされた状態だったので。食べられないから、そのパンをこっそり給食袋に詰めて持ち帰ったりしていました。食べ物でも、趣味嗜好でも、仕事でも、一度思い込んだら、というタイプではありますね。正直、妻にも『面倒くさい』と言われます(笑)」

ビジネスと愛を両立できなければ、
ペット事業では続けられない

大久保氏の経歴をさかのぼると、新卒で就職したユニクロでロンドンに出向、「+J」プロジェクトのプロモーションに関わるなど得難い経験をしたのち、前職のGREEへ。企業家として、計画的に、着実にキャリアを積み上げた理想的な経歴に見えるが、本人は「ほとんど、タイミングでやってきた結果」と笑う。

「もともとIT系や投資家関係には本当に疎くて、キャズムでいうところのアーリーアダプターの真逆の人間なんですよね。ロンドンにいた当時も、欧米では流行り始めていたfacebookの存在すら知らなかった。当時、『投資家とアナウンサーの熱愛』なんて報道を耳にしても、投資家ってよくわからないし、遠い存在だなーくらいの感覚で」

そんな状況が、GREEで一変したという。

「すぐ隣に投資家やスタートアップなど相談できるパートナーがたくさんいたので、起業のハードルが下がったんです。『PETOKOTO』の原型も、GREEの社内公募がきっかけでした。最終面接で落選しましたが、役員から、『投資家紹介するから起業してみれば?』と気軽に言われて(笑)。言われるがままに、朝の7時にその投資家に会いに行ったら、あれよあれよと、その日に1,000万円投資するというオファーをいただいたんですね。その直後に、上司に辞めますと伝えました」

そうして、「PETOKOTO」の前身「シロップ」の立ち上げに至る。しかし、旧業態からの改革が遅れるペット産業へのスタートアップ企業の参入は、かなり厳しいのが現実だった。

「ペット産業は本当に難しい市場だと思います。僕が起業した当時、この業界でスタートアップの経営者はほぼいなかったですね。新規参入した大手企業も、今は撤退されています。犬猫だけに絞っても何百種類といて、種類ごとに食べるものもしつけの仕方も異なるので、各ケースに合わせた細やかなサービスを提供していかなければなりません。マッチングサイトもメディアも、短期的には利益にならないので、株主から『閉じた方がいいんじゃないか』と言われたこともありました」

給料日前日に預金が10円しかなかったこと、自宅兼オフィスにしていた築60年の貸家の下水管が破裂したこと。起業した当時から現在までの苦労話を、淡々とした口調で明かす。そんな彼を支え続けたのは、信念――ほかでもない、企業ミッションだ。

「僕たちが掲げるミッションは、“ペットを家族として愛せる世界へ”。常にそこに立ち返ったからこそ、続けることができた。ペット産業は、ビジネスだけでやっていると絶対に続きません。

犬猫が苦手だった僕の過去を知っている人からは、冗談で『ビジネスでしょ?』と言われることもありますが、そんな覚悟では無理な業界なんです。愛がないといけない。ビジネスと愛を両立させてきた5年間というのが、今やっと華開いたかなと思っています」

元「輪の外」の人間だったからこそ、できることがある

試行錯誤しながらがむしゃらに運営を続けてきた会社は、現在20人規模まで拡大。会社運営でも、組織づくりでも一番大事にしているのが、そのミッションマインドだという。

「もし僕がいなくなったとしても、会社が今のミッションに向かって動いていけるかどうかを常に考えています。例えば、先日とある映画の関係者から『PETOKOTO』のYouTubeコンテンツを映画で使いたいという依頼を頂戴したことがありました。収入にもなるし、プロモーションとしてもありがたいお話だったので、当初お受けしたんですが、試写会で先に見せていただいたときに、映画の中に僕たちのミッションとそぐわない表現がありました」

悩んだ末に、大久保氏は話を白紙に戻すことを決断する。

「お断りしたのは、長期的に考えたとき、僕たちがそれを発信すると、今まで一緒にミッションを実行してくださったお客様から離れてしまうのではないかと思ったからです。うれしかったのは、他のメンバーも同じ意見だったこと。そのとき、ミッションと行動が伴う組織がつくれているなというのはすごく思いましたね」

「ペットを家族として愛せる世界へ」――。「PETOKOTO」は、このミッションに紐づき、「短い命に届けよう」「ペットを愛するプロでいよう」「輪の外を想像しよう」という3つの行動指針を掲げている。
ペットコンサル会社として注目したとき、3つめの指針「輪の外を想像しよう」の意外性に目が留まる。

「輪の外――つまり、苦手な人ですね。僕自身が、“もともと犬猫が苦手だった”ところから入っているのは、強みだとも思っています。好きな人の気持ちも苦手な人の気持ちもわかるので。例えば先日、JRさんと日本で初めてペットと乗れる新幹線という企画をリリースしたのですが、苦手な方やアレルギーの方へのリスクとならないような配慮は特に気を配りました。ペットという家族が社会に馴染んでいくには、苦手な人の考えも理解しておかなければいけない、というのはすごく意識していますね」

マイナスが出発点だからこそ見える世界がある。多様性が叫ばれる一方で、マジョリティの同調圧力が増す昨今の社会において、それはペット産業だけにとどまらず広く求められている視点とも思える。

「昔は小学校でウサギを飼っていて、飼育係が世話をする、ということも当たり前でしたよね。でも最近はアレルギーへの配慮などから飼育係制度などもなくなってきているそうです。動物と触れ合う機会が少なくなると、僕みたいな『触らず嫌い』が多くなってしまうのではという危惧もあります。僕自身がそうでしたが、最初は怖いと思っていたり、嫌な経験があったりしたとしても、何かちょっとしたきっかけがあれば一気にひっくり変える。もちろん強要は絶対にダメですが、『PETOKOTO』として、子どもたちが命に寄り添えるような環境を提供できたらなと思っています」

スタッフの働き方にも、ミッションマインドを

現在、「PETOKOTO」は、「A YOTSUYA」をWEEK契約(曜日貸し)で利用している。毎週水曜日、スタッフが顔を合わせる場としてオフィスを活用し、それ以外の曜日は全員リモートワークだ。

「以前入居していたオフィスは3階建ての一軒家で、ペット同伴可の働き方をしていました。でも、僕たち自身の働き方もミッションに沿うものにしていかなければいけないなと。これはあくまで僕の考えですが、ペット同伴オフィスは、飼い主側のエゴが少なからずあると思う。犬猫にとっては環境の変化はストレスがかかるので家にいたほうがいい。人間の都合を考えても、クライアントによっては苦手な方もいらっしゃいます。コロナ禍ということもありましたが、WEEK契約でA YOTSUYAに入居したことで、普段は犬猫と一緒に好きなところで働いてもらい、オフィスはコミュニケーションの場として使う。そんなサイクルがうまく回っていると思います」

毎週水曜日の「コミュニケーション・デイ」でメンバーとのコンセンサスをとり、意思決定する。そこで決めたことを木・金・月・火で実行していくというスタイルだ。
「水曜日という、週の真ん中に集まるというのがいいなと思っています。ただ月・金もリモートとしてしまうと週末とのメリハリがつかないので、オンラインミーティングで切り替えています。月曜日は朝イチ15分のミーティングで今週やることを共有する会、金曜日には今週やったことを振り返る会です」

また、「A YOTSUYA」のテーマでもあるアート空間は、スタッフにとって大きな刺激になっていると語る。

「ワクワクする空間って、本当に重要だと思います。僕自身、アートもデザインも好きですし、弊社のサイトを見ていただければわかると思いますが、デザインには結構こだわっていて、デザイナーも多い。オフィスがアート空間ということで、週1の出社日がいい刺激になっていることは間違いありません」

現在、スタッフのペット同居率が100%という「PETOKOTO」。水曜日以外はリモートワークで、ペットが一番安心する環境で一緒に働くことが可能だ。それはペットを家族として考えたとき、スタッフにとっても理想的な働き方に違いない。

「この仕事は、“自分ゴト化”しないといけないビジネスです。メンバーもみんな自分たちの家の犬や猫を幸せにしたうえで、日本中の、さらにはアジア中の犬猫を幸せにしたいという思いがあります」

「A YOTSUYA」で目指すのは、
「ペット業界のスノーピーク」

「A YOTSUYA」を起点に、さらなる事業規模の拡大を目指す段階という「PETOKOTO」。同社を率いてきた大久保氏は現在、どんな未来を見据えているのだろうか。

「究極の理想形は、お客様にも一緒にミッションを実現してもらうことです。そのためにInstagramのライブなどでも僕が直接会社のメッセージを発信するようにしています。それこそ、お客様とも家族として一緒に事業つくっていければいいな、と」

そのロールモデルを問うと、ずばり「スノーピーク」と、即答が返ってきた。アウトドアブランドの老舗だ。

「スノーピークさんのペット版をつくりたいと思っているんです。スノーピークさんはアウトドアブランドという軸でほとんどのアイテムを手掛けていますし、ただ売るだけじゃなく、高齢の方に向けたキャンプ施設をつくったり、社会のニーズを汲みとった提案をどんどん行っています。スタッフも、お客様もこのブランドのファンで、その熱量、コミュニティがすごい。僕たちもゆくゆくは、ペットの飼い主さんが集まる場所として、ペットホテルをつくったりするのも目指しているところですね」

ここまで話を聞いて、大久保氏の行動指針すべてが会社のミッションからブレがないことに驚く。ここまで真剣勝負で向き合おうとする、その情熱はどこから沸くのだろうか。

「僕は、『涙を流せる瞬間』というのを、ずっと追い求めているのかもしれません。僕の人生にはペットと、もうひとつサッカーがあるんですが、サッカーの何が好きかというと、チームプレーだったり、みんなでゴールを達成する瞬間、人がつくり出す得体の知れないパワーに感動して涙が出ます。それはペットでも同じで、迎えてから看取るまで、エモーショナルなことが本当にたくさんある。そこに寄り添うのが僕の仕事のテーマですし、人生においても一番大事にしていることなんです」

ミッション、ビジョン、フィロソフィー。今、社会に向けて企業理念を大々的に打ち出す会社は多いが、そのうちどれだけがそこに真摯に向き合うことができているだろうか。
一見壮大に思えるミッションを、決して額縁に入れた“お飾り”にせず、生き方そのものにすら反映しようとする大久保氏。彼の静かな情熱が、「A YOTSUYA」を起点にペット業界を変えていくことは間違いないだろう。

Next Frontier

FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン

お客様も家族の一員として、一緒に事業をつくっていきたい
編集後記

近年、“Purpose”という言葉がちょっとした流行りになっている。 企業の存在価値を規定するキーワードだ。しかし、経営者が幾ら立派なPurposeを謳っても、現場の従業員の意識と行動にまで到達するのはかなりのチャレンジだ。言葉の力は偉大だが、そこに魂を宿すのも、経営者の想いと熱量に他ならない。SNSの普及で、企業と生活者の距離感は一気に縮まった。プロモーションの契機と捉えることができる一方で、企業にとっては諸刃の剣だろう。理念と行動が乖離していれば生活者は即座に見抜き、その落胆は瞬時に拡散されていく。そして、ビジョンやPurposeに考動が伴っている企業にこそ、熱狂的なファンがつき、勢いは加速していく。中小・大手の違いなく、掛値なしに「真摯な姿勢」こそが、企業の価値となる時代が今ここにある。

いかがでしたでしょうか。 今回の記事から感じられたこと、FRONTIER JOURNEYへのご感想など、皆さまの声をお聞かせください。 ご意見、ご要望はこちらfrontier-journey@sunfrt.co.jpまで。

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